
須磨の関は、大宝令に定められている摂津の関のことで、海陸を兼ねた関であったといわれています。 天下の三関、(「伊勢の鈴鹿の関」「美濃の不破の関」「越前の愛発(あらち)の関」)についで重要な関でした。関守稲荷神社は、この関の守護神として、まつられたと伝えられ、境内に百人一首で知られる源兼昌の歌碑があります。「源氏物語」で光源氏が須磨に退居していた時、巳(み)の日祓(ひはらい)をしたところをここになぞらえ「巳の日稲荷」ともいわれています。
須磨の関跡の地としては、現光寺の地、多井畑などと諸説があります。