史跡・その他 須磨霊泉 須磨寺門前の北東角に湧いている地下水は「須磨霊泉」と呼ばれて親しまれており、須磨寺町にある堂谷池周… もっと見る 旧和田岬灯台 1884(明治17)年に、それまでの木造灯台を鉄骨に改築したものです。 明治期の鉄骨灯台としては、現存する… もっと見る 神戸迎賓館 西尾家住宅(旧西尾類蔵邸) 1919(大正8)年、貿易商西尾類蔵の邸宅として建てられました。 初代通天閣を設計した著名な建築家、設楽… もっと見る 旧住友別邸門柱 住友家第15代当主、住友友純が1893(明治26)年、海辺の約1300坪の土地に別荘を建て、須磨の別荘地開発の… もっと見る 平重衡とらわれの松跡 源平合戦に際して、東門生田の森を守った平重衡(清盛の五男)は源氏の軍勢を防ぎきれず、西に遁走しまし… もっと見る 那須与市の墓 那須与市宗隆は、屋島で扇の的を射た若武者です。与市は下野(しもつけの)国(くに)(栃木県)那須の庄の住… もっと見る 百耕資料館 板宿地区の旧家である武井家が所蔵する歴史資料・美術資料を広く一般の人々に公開し、地域文化の継承と発… もっと見る 一の谷 戦の濱碑 一の谷は、鉄枴山と高倉山から流れ出た渓流に沿う地域です。一の谷から西一帯の海岸は、源平の戦いにおけ… もっと見る 敦盛塚 平敦盛の供養のため建てられたという大きな五輪塔。北条貞時が平家一門を供養するために建立し、「あつめ… もっと見る 弘法の井戸 妙法寺谷野にある、弘法の井戸です。夏のある暑い日、妙法寺村に立ち寄られた弘法大師が、村人に水を所望… もっと見る 前田家と菅の井 菅原道真が左遷される道中に須磨に上陸した際、須磨の旧家・前田家から井戸の水をくんで差しあげたところ… もっと見る 鏡の井 須磨にわび住まいした在原行平は、汐汲みに来ていた多井畑の村長の二人の娘を松風・村雨と名付け愛したと… もっと見る 松風村雨の墓 須磨にわび住まいした在原行平が愛した多井畑の村長の二人の娘の墓です。多井畑厄除八幡宮の西200mの広場… もっと見る 義経腰掛の松(ほんがんさん) 源義経一行が多井畑厄除八幡宮で戦勝祈願したおり、この松の木の下で休息をとった後、一の谷に向かったと… もっと見る 白川の高座岩(夫婦岩) 白川峠の北方の小高い峰を高御座山(たかみくらやま)といい、その頂に東西に並ぶ二つの巨石「高座の岩」が… もっと見る 安徳帝内裏跡伝説地 安徳天皇は、平清盛の娘の建礼門院徳子を母として生まれた悲劇の幼帝です。1180(治承4)年に2歳で即位し… もっと見る 松風村雨堂 平安時代、在原行平が須磨にわび住まいした際、多井畑の村長の娘「もしほ」と「こふじ」に出会い、二人を… もっと見る